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筆随
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夫婦の愛情を築く生活 / 意識しないまでに
夫婦の愛情を築く生活
夫婦の愛情というものは、ほのかに二人
の生活の上にただよう姿なき香りである。
だからこれが夫婦の愛情だと形のうえでし
めすことはできない。というのは、ときに
は争いさえ愛情の表現であり得る場合があ
るからである。
ではその愛情の香りというものは、どこ
からかもしだされるであろうか。一般的に
いえぱ生活の満足感のなかに湧き出るもの
である。満足感とはいいかえれば安定性の
保たれた生活であって、これを更に分析す
れば、現実の経済的な安定と情緒的な安定
とに分けることができるであろう。
人間は生まれながらにして食欲、睡眠、
性欲というような、いわば臓器につながる
翻醗鴨鑛ぜ
生理的な満足を欲求するが、同時にまた人
間関係に基づく感情的な満足をも強く欲求
するものである。そしてこの二つの欲求の
交わる関係が人間の行動を左右するのであ
るが、とりわけ夫婦の愛情こそ人間関係を
つくる基本的なもので、そのよき拡がりが
よき社会をつくる礎石となるのである。
そこで夫婦の愛情を豊かにするために、
まず経済生活の安定を維持するお互いの努
力が必要であるが、それに併せて、感情的
な満足感の充足にも心しなければならない
のである。そしてそのような生活の姿を、
私は「築く生活」とよびたいのである。築く
とは土台石から積み重ねるという意味であ
って、その積み重ねは、夫婦相互の完全な
理解による協同作業である。
そこで理解ということが問題になるので
あるが、具体的には常に相手の身になって
みることであり、すべてを受容し合うとい
うことである。人間はだれでも長所と短所
をもつものであるが、お互いにそれを認め
合い、一方的な満足にだけ終わらせないこ
とである。
たとえば性ということについてみても、
他の動物の場合、性交は定期的に行なわ
れ、いわば種族の繁栄だけを目的とする、
感情なき行為である。しかし人間の場合、
性交は常時行なわれ、従っていつでも妊娠
することが可能である。それは性行為が単
に種族の繁栄ということばかりではなく、
相互の快感と満足感とによって愛情を生み
だす源泉を意味するものと思われるからで
ある。
この一点を考えてみても、お互いの満足
のためには相手方の立場を認めることであ
って、一方だけの満足感によって、相手方
の満足感を無視することであってはならな
い。一事が万事、理解の必要性はこのよう
な微妙な関係にあるのである。
私共が人事相談の面でよく経験すること
であるが、夫婦間の対立や離婚の原因は、
ほとんどといっていいほど相互の理解に欠
け、全く受容竜き一方的な満足の追及に終
わっている場合が多い。つまり二人が理解
し協同する努力を欠き、築く生活の意欲が
喪失されているのである。
愛情に満ち足りた夫婦生活の姿といヶも
のは、築て心が無意識のうちにも醸成さ
れ、それがかぐわしい香りとなってただよ
っているものである。
意識しないまでに
ロシアの作家チェホフのことばに、孤独
になるのが、こわかったら、結婚なんかす
るな、という意味のことばがあります。い
かに電灰色のペシミスト、チェホフらしい
ことばです。結婚してみたところで、男と
女は、けっきょく理解しあえるものではな
く、独身時代よりもさらに深い孤独に追い
やられるだけのことだ、とチェホフは言い
たいのでしょう。
たしかに、このチェホフのことばは、結
婚というじじつの側面をするどくついてお
ります。考えてみれば、結婚というのは、
それまでアカの他人であった男と女が精神
的、あるいは肉体的なむすびつきを持ち、
ひとっ屋根のしたで、全く共通0生活をす
るのですから、たいへんな仕事、と言えそ
うです。
夫婦だからこそ、こういうこともできる
わけで、ただのともだち同士だったら、た
とえ無二の親友であっても、ひと月とつづ
かないでしょう。おたがいにわがままが出
たり、欠点がさらけだされたりして、けん
か別れのようなかっこうになるのが落ち
だ、とおもいます。
人間のむすびつきのなかで、いちばん強
いのはやはりなんと言っても、夫婦のあい
だのそれだと、ぼくはおもいます。夫婦と
いっても、もとは他人同士なのですから、
百パーセントうまく行くというわけにはい
きません。チェホフのような結婚否定論が
出てくるのも当然でしょう。しかし、だか
らと言って、結婚をはじめから放棄すると
いうのは、結婚して失敗する以上にばかげ
ています。たとえ、結婚によって深い孤独
や失望をあじわうことになったとしても、
やはり結婚をおそれてはならない、とおも
います。
結婚によって失ケものよりも、得るもの
のほうがはるかに多いはずです。
どんな人間でも、愛情なしには一日も生
きて行けないでしょう。人間の中でいちば
ん大切なものは、どきかれたなら、私は、
ちゅうちょすることなく、愛情と答えるで
しょう。私たちの生活のささえ、あるいは
よりどころとなるものは、愛情です。その
愛情のうちでももっとも深いものが、夫婦
の愛情だ、と私は言いたいのです。夫婦の
愛情というものは、年月を経るにしたがっ
て、たんたんとしたものになって行きま
す。しまいには、おたがいにほとんど、愛
を意識しないまでになっていくはずです。
しかし世の中には破局におわる夫婦関係
も、けっしてすくなくはありません。恋愛
結婚ほど、その率も高いと言われていま
す。また、、結婚した男なら、すくなくとも
一度は、家庭のわずらわしきからのがれた
い、とおもうときがあるでしょう。
どんな人生にも、危機はかならずやって
くるものです。夫婦の危機をのりこえるた
めには、夫婦の協力が必要であることは言
うまでもありません。夫が孤独のときは妻
も孤独なのです。あらゆる試練に耐えてこ
そ、夫婦の愛情は真のかがやきを持つこと
ができるのです。
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