結婚 夫婦の愛情
愛情の危機

離婚の世相

離婚から幸福を

ある雑誌を見ていたら、離婚の幸福という
手記がありました。離婚が、この上ない女の
悲劇を与えたのは昔のことで、今日では、幸
福になる場合もあることを物語っています。
どんなひどいしうちにあっても、どんなつ
らい思いをしても、女は一生に一度しかでき
ない結婚なのだからがまんしよう、という考
え方は崩れてきています。
限りないがまんなんて、もう今日の若い人
にはうなずけません。下女でもいい、おそば
においていただきたいーと、私たちの祖母
や、その祖母たちは夫に伏し拝んできたので
しょうが
奴隷妻であるより、自由な一個の女性にな
りたいというのが、今日の女性の望みです。
女性解放の初期は、妻であるより、一個の人
間だと主張しました。現在では、むしろ、何
もいわず肩を並べている場合が多いのです。
したがって、離婚も、妻の側からだって、
夫が申し立ててくるのと同じような理由で、
主張してくることが多くなっています。現に
家庭裁判所には、夫にあいそつがしをして、
妻から離婚を申し出てくるのはたくざんあり
ます。
妻から離婚を言い出しては損だ。もらうも
のももらえないからーと例の財産分与や輌
慰籍料がとれないと心配する人もいます。し
かしそれはまちがいで、どちらがら離婚を申
し出ようと、請求すべきものの請求はできる
し、払わねばならないものは払う義務があり
ます。
離婚の際に払うお金は、お情や、同情で払
うのではなく、払う義務があり、とる権利が
あるからなのです。
離婚の自由
このあいだ、あるクラス会があり、一九人
のクラスメ1トが集まりました。そのうち三
人も離婚した人がいました。
その三人を中心に離婚の話が始まったので
すが、その中の一人が言いました。女にとっ
て離婚は死を意味すると昔はいったとか。死
どころか、幸福をつかみそこねた出直しをす
るんだわと。
愛情こそは結婚生活の柱で、この柱にささ
えられて、どんな現実の苦しみも半滅しま
す。しゅうとめとの不和も、忙しい家事でも
。だが、この愛情が失われたら万事休す
で、結婚生活は地獄と同じです。地獄で苦し
むことを思えば、そこを逃げ出すよりほかは
ないので、離婚をしたというのです。

離婚したあとの生活は、竜ちうん、夫の経
済力にたよっていたときより、ずっと苦しく
〆お金のない苦しさを、いやというほど味わっ
たが、地獄ではない。太陽のあたる喜びもあ
れば、太陽を求める自由もあると言っていま
した。
別のもう一入は、再婚の話が起こっている
と言い、一度失敗した結婚生活から得た経験
で、今度はいい奥さんになれそうだと、朗ら
かでした。
結婚は女の一生にただ一度、という考え方
は、もうだいぶん薄れてきているーと同時
に、結婚の幸福は、一度の失敗で見切りをつ
けず、何度でもさがし求める気分になってい
ることを感じました。
考えてみると、結婚の幸福は、すべての女
性の願いです。ここに安定してゆこうという
考えは、ますます大きくなっています。と同
時に、その幸福な結婚のために、離婚の自由
がこれまた要求されているわけです。
離婚の自由は、その犠牲者である子ども、
そのほかいろいろ多くの問題が残ります。し
かし、今日の一つの方向であることは否定で
きません。、
離婚の自由はよいが、その自由の使い方、
考え方によって、とんでもない不幸が起こる
こともあるし、幸福がつかめることもある。
要は軽々しく自由の名にまどわされないこと
です。


危機を切り抜けるために

ーある家庭の実例からー

離婚の自由を、私たちがもっていることは
前述のとおりです。結婚が本人の全くの自由
意志で始まるのですから、もちろん離婚も自
由だともいえますが、いざとなると、子ども
のこと、離婚後の生活のこと、すでに結婚生
活に費してきた若さと力などが、こもごも入
りまじって、複雑になっています。
したがって、自由だからといって、簡単に
ふみきれるものではありません。また勇しく
ふみきることが、あとの幸福の早道でもあり
ません。
離婚の自由を選ばねばならないような愛情
の危機に臨まなくてすむようにするのが、幸
福だといえましょう。
しかし、危機というものは、二度や三度、
または、何十回も、だれにもあるので、その
危ない橋を渡らねばならないもので電ありま
す。危ない橋を渡るたびごとに、経験を積ん
で伸びてゆくので、危機は、恐れるより、ど
うして乗り越えるかに心を使5ほうがよいよ
うです。
ところで、何が危機であるかも考えず、う
っかり過ごしていることがあるし、危機が近
づいてきているのに全く知らないこともあり
ます。
健康にまかせて、病気がひそんでいたのを
うっかり知らずに過ごし、相当重くなってか
ら気づいて、あわてることもあります。
ある奥さんの思い出話はこうです。親一人
子一人というところに嫁に行ったのです。こ
の奥さんは、娘時代に小学校の代用教員をし
たごとがあります。しゅうとめさ㌦んの気に入
ちた嫁だったのですが、だんだんしゅうとめ
との仲がうまくゆかなくなって、事ごとに反
目するようになりました。
しゅうとめは夕食のとき、自分の皿のもの
を息子に分けてやったり、くつ下をはかせて
やったり、夫婦の問を引き裂くよφうな、さま
ざまなことをするので、お嫁さんはプンプン
したのだそうです。夫が甘んじてそれを受け
るからだと、夫に食ってかかりましたが、一
向にプチがあきません。
ついに、夫は、しゅうとめと嫁の冷戦の中
にいたたまれず、口実を設けては、会社に居
残りといったり、宴会だといったり、友人に
招かれたといったりして、家に帰るのをおそ
くしました。家庭はますます暗くなるばかり
で、夫は、酒気をおびて帰ることがしばしば
となりました。もちろん、こうなると、経済
的にもよいはずはありません。
そこで、この奥込んは、離婚覚悟で、しゅ
うとめにも夫にも無断で、給食婦になって働
きだしました。しゅうとめはもちろんカンカ
ンで、嫁が毎日家をあけると非難します。夫
は何もいわないが、笑いを忘れています。
その奥さんは、もらった月給を、そのまま
しゅうとめさんに渡しました。ところが、し
ゅうとめさんは、それを投げつけました。次
の月も、次の月も、そうでした。ところが、
不足がちの家計なので、しゅうとめさんはつ
いに嫁の月給袋に手をつけました。
しゅうとめさんは、嫁が働いてくれるー
というようになり、お嫁さんは、しゅうとめ
が家事一切をやってくれるのでーというよ
うになりました。こうなったのは奥さんが働
き始めて半年後のことです。
考えてみると、この奥さんは、家計をプラ
スにしたことが、成功の原因だったかも知れ
ません。もっと大事なことは、自分の領分を
新しく開いたことです。家事をしゅうとめと
嫁と二人でやっていることは、いわばなわ張
り争いみたいなもので、結局は、しゅうとめ
と嫁の不和が夫と妻のみぞに毛なり、9夫婦別
れにまで発展します。(嫁としゅうとめの問題
については蹴粥、参照)家事を元気でじょうぶ
なしゅうとめにまかせ、自分は、新しい仕事
についたことが、その危機をうまく切り抜け
させたのでしょう。
私たちは」毎日の結婚生活で、いちばん大
事なのは愛情だと思っていますが、愛情ほど
こわれやすくもろいものはありません。時に
応じ、場合に従って、あたためたり、冷やし
たり、動かしたり、静かにしたり、」しなけれ
ばならないので、考え方によっては、一その一
刻一刻が危機をはらんでいるといえます、
危機は、できるだけ早く知らねばなりませ
ん。だが、知ったとたんに早まって、突っ走
らないことです。この奥さんは、じっくり危
機を見つめて自分から先手を打ちました。
それぞれの立場によっても、違い或しょう
が、失敗して竜、自分の仕事の上に立つこと
に力を注いだので、一つのよりどころはあっ
たわけです。そのよりどころが、結局は危機
を救ったのかも知れません。やはり大事なこ
とは自分の感情にまかせて、メチャメチャに
おおはまひでこ
しないことだと思います。